RYOUSHIN HOLDINGS 50th ANNIVERSARY
菱新自工
ロータスリョウシン
サービスネット
Honda Cars 三重東
ホンダプリモ
ホンダプリモホーカス
Honda Cars 三重東
Honda Cars 三重東

50th ANNIVERSARY SINCE 1976

足跡
1976 ヒトとクルマをやさしさでつないできた50年の歩み 2026

1970年代

リョウシンホールディングスグループの前身 1976年の菱新自工
1976年 6月 菱新自工として発足。

高度経済成長を経て、地域で自動車の存在感が急速に高まっていった時代。リョウシンホールディングスグループの原点も、地域の車社会を支える現場から始まりました。限られた人員と設備の中で整備・引取り・納車を積み重ね、信頼の礎を築きました。

  • 菱新自工工事建設中風景

    菱新自工
    工事建設中風景

  • 発足当時

    発足当時

  • 当時の四日市市の風景(近鉄 四日市駅前)

    当時の四日市市の風景(近鉄 四日市駅前)
    資料協力:四日市市立博物館

  • 当時の四日市市の風景(国鉄 四日市駅前)

    当時の四日市市の風景(国鉄 四日市駅前)
    資料協力:四日市市立博物館

1980年代

ロータスリョウシン
1986年 1月 ㈱リョウシンに社名変更
8月 ㈱ホーカス「ホンダプリモ」を設立し1号店の四日市北店(現:東インター店)がオープン
1988年 10月 ㈱ホーカスホンダプリモ桑名西店オープン

モータリゼーションが広がり、暮らしの中で車の役割がさらに大きくなった1980年代。菱新自工からリョウシンへと社名を変更し、事業基盤の整備と拡大を進めた時代でした。さらにホンダとの出会いを機に、販売領域への展開が本格化し、その後の成長につながる大きな転機を迎えました。

  • ホンダプリモ四日市北店オープン

    ホンダプリモ四日市北店オープン
    (1986年)

  • 当時のホンダプリモ四日市北店工場の様子

    当時のホンダプリモ四日市北店工場の様子
    (1986年)

  • ホンダプリモ桑名西店オープン

    ホンダプリモ 桑名西店オープン
    (1988年)

1990年代 前期

サービスネット
1990年 4月 (株)ホーカスホンダプリモ四日市西店オープン
1992年 7月 (株)ホーカス ホンダプリモ 菰野店オープン
9月 (株)ホーカス ホンダプリモ 四日市南店オープン
1993年 7月 グループ会社(株)サービスネット設立

バブル経済の終盤から崩壊へと向かい、社会全体が変化の兆しを帯びた1990年代前期。リョウシンでは販売の拡大と並行して、鈑金・レッカー・ロードサービスの基盤づくりを進め、現場での修行と挑戦の積み重ねが事業領域を着実に広げていきました。

  • ホンダプリモ四日市西店オープン

    ホンダプリモ四日市西店オープン
    (1990年)

  • 入社式の集合写真

    入社式の集合写真

  • 設立当時の株式会社サービスネット

    設立当時の株式会社サービスネット
    (1993年)

1990年代 後期

サービスネット
1996年 5月 (株)ホンダプリモホーカスに社名変更
1997年 3月 (株)ホンダプリモホーカス 桑名東店オープン
2000年 10月 (株)ホンダプリモホーカス 生桑店及びオートテラス生桑店オープン

景気の停滞が長引く中、企業には柔軟な発想と事業転換が求められた1990年代後期。プリモ店舗の展開を着実に進めるなか、サービスネットでは当初の事業から方向転換を図り、ロードサービスや解体領域へと軸足を移しました。車のトラブル対応から出口までを支える流れが、この時期に形づくられていきます。

  • ホンダプリモ四日市西店オープン

    社員クラブ活動時の集合写真

  • 入社式の集合写真

    ホンダプリモ 桑名東店オープン
    (1997年)

  • 設立当時の株式会社サービスネット

    ㈱ホンダプリモホーカス ㈱リョウシン 合同入社式
    (1997年)

2000年代 前期

ホンダプリモホーカス
2001年 3月 (株)ホンダプリモホーカス 朝日店及びオートテラス朝日店オープン
9月 (株)リョウシン 車検センター三重検査場オープン
2004年 11月 中古車センター「リーカス桜マイカー」オープン

IT化や制度整備が進み、自動車業界にも効率化と専門化の波が押し寄せた2000年代前期。若くして店長・経営を担う人材が育ち、販売・中古車・サービスの各事業が大きく前進。自動車リサイクル法への対応など、次代を見据えた備えも着実に進められました。

  • リョウシン車検センター三重検査場

    リョウシン車検センター三重検査場オープン
    (2001年)

  • ホンダプリモ 朝日店

    ホンダプリモ 朝日店オープン
    (2001年)

  • ホンダプリモ 生桑店

    ホンダプリモ 生桑店オープン
    (2000年)

2000年代 後期

ホンダプリモホーカス
2005年 6月 (株)ホンダカーズ三重東に社名変更
2006年 11月 (株)ホンダカーズ三重東 四日市インター店オープン
2008年 4月 (株)ホンダカーズ三重東オートテラス四日市中央店オープン

リーマンショックに象徴される世界的な景気後退の中で、企業の真価が問われた2000年代後期。リョウシングループも厳しい局面に直面しながら、現場と経営が一体となって収益を立て直しました。数字だけでなく、人を大切にする経営の重要性がより深く根づいた時代でもありました。

  • リョウシン車検センター三重検査場

    Honda Cars 三重東四日市インター店オープン
    (2006年)

  • ホンダプリモ 朝日店

    (株)リョウシン設立30周年(株)ホンダカーズ三重東 設立20周年記念式典
    (2006年)

  • ホンダプリモ 生桑店

    (株)ホンダカーズ三重東 HK2クラスにて販売優秀賞 受賞
    (2007年)

2010年代 前期

ホンダカーズ三重東
2010年 1月 (株)ホンダカーズ三重東桑名七和店リニューアルオープン
2011年 4月 ホンダカーズ三重東四日市日永北店リニューアルオープン
2012年 11月 (株)ホンダカーズ三重東 桑名安永店オープン
2014年 10月 (株)リョウシンホールディングス設立

人口構造や働き方、地域社会のあり方が変化する中、企業には持続的な成長基盤が求められた2010年代。リョウシンホールディングス体制へ移行し、総務・経理・人事機能を集約。各社の専門性を活かしながら、グループとして連携し成長していく体制を整えました。

  • Honda Cars三重東 桑名七和店

    Honda Cars三重東 桑名七和店リニューアルオープン
    (2010年)

  • リョウシンホールディングス

    リョウシンホールディングス設立
    (2014年)

  • 合同レクリエーション

    合同レクリエーションの様子
    (2015年)

2010年代 後期

(株)リョウシン 中古車センター
2015年 1月 (株)リョウシン 中古車センターオープン
8月 グループ会社(株)ライズ設立
10月 グループ会社(株)ライズ 四日市南店オープン
11月 (株)ホンダカーズ三重東 いなべ大安店オープン
2016年 10月 (株)ライズ 四日市北店オープン
  • リョウシンホールディングスグループ 設立40周年記念式典

    リョウシンホールディングスグループ 設立40周年記念式典
    (2016年)

  • ㈱ホンダカーズ三重東 社員旅行

    ㈱ホンダカーズ三重東 社員旅行

  • Honda Cars三重東 いなべ大安店

    Honda Cars三重東 いなべ大安店オープン
    (2015年)

2020年代 前期

ライオンハート オートアクト Med-Bridge
2021年 8月 (株)ライオンハートがグループ参画
10月 (株)オートアクトがグループ参画
2023年 4月 (株)Med-Bridgeがグループ参画
4月 (株)ライズとオートアクトが合併し(株)ライズオート設立
8月 (株)クラフティーズがグループ参画

2020年代 中期

ライオンハート オートアクト Med-Bridge
2023年 10月 (株)リョウシン 新鈑金工場完成
2024年 7月 (株)Rinkが設立
2024年 10月 (株)Rink Rinkレンタカー稼働開始
2024年 10月 (株)ホンダカーズ三重東 U-Select桑名オープン
2024年 11月 (株)ライズオートのRiSE四日市南店がU-Select南四日市としてリニューアルオープン

2020年代 中期

ホンダカーズサービスマン
2025年 4月 (株)ライオンハートと(株)クラフティーズが合併し(株)ライオンクラフティーズ設立
2025年 12月 ㈱ホンダカーズ三重東が㈱ホンダ四輪販売中京に社名変更
2026年 1月 ㈱ホンダ四輪販売中京と㈱ホンダ小牧が統合し、Honda車販売ネットワークが誕生

社会や産業の変化が一段と加速し、企業にもスピードと柔軟性が求められる2020年代。M&Aや新事業を通じて領域をさらに広げ、販売・整備・板金・ロードサービス・リサイクルまで、車の一生を支える体制を強化してきました。次の50年を見据えた挑戦はいまも続いています。